本日、村上龍『ストレンジ・デイズ』を読了した。
今までの自分に疑問をもち会社に出られなくなった40歳前後の男と20歳前後の女との哀しい純愛小説だと思った。
トラック・ドライバーであるジュンコは、観察力・洞察力に優れ、人の真似が天才的にうまい。主人公の男、反町は、彼女の稀有な才能に圧倒され、彼女を女優として世に出すことを思いつく。
ジュンコは一瞬にして、目の前にいる相手の特長を掴み、相手の、人には知られたくない内面をも表現するように、相手のしぐさを真似る。
ジュンコは自分の中にはサナダ虫のような何かがいると言う。そして、サナダ虫の存在を忘れるために深夜にトラックを運転するのだと言う。
反町は、ジュンコが生まれてから誰にも心を開いたことがないのではないかと推測する。
ジュンコのあり方は、今の小・中・高生たちには共感が得られるのではないかと思った。つまり、とっても繊細な感性のアンテナをお互いに張り合い交信し合っている関係が、現在の若い人たちの、人との交流の仕方に共通しているように思えた。
今世間を騒がせている「いじめ」の遠因には、こういった互いの心を探りあうようにして、喧嘩をしないで、穏やかに友達と付き合いたい子どもたちの、非常に繊細にならざるを得ない人との交流のあり方にもあるように思う。
それは、若い人たちのみならず、大人たちにも言えることだ。「オンリー・ワン」だの「本音トーク」だのという言葉が珍重されるのは、実生活ではそれが困難だからである。
経験知のある大人には反発力がある。子どもたちは経験知がない故、とても脆い精神で支えあい、互いのテリトリーを侵害しないように、本当に神経をすり減らしている。
人をいじめるのはいけない。大人は簡単に言う。しかし、言うばかりでなく、真剣に子どもたちの心の繊細な襞に、向き合い、大人たちこそ、もっともっと感性を鋭くしていかなければ、いじめはなくならないと思う。
主人公反町が、ジュンコを女優にするために交渉するときの過剰に神経質な心理描写は、いつも反町に対して、無表情な素振りのジュンコの心理でもあるという表裏一体の仕掛けがすごい。
村上龍の緻密な筆力に圧倒された。
小説といえば、昨日紹介した小説家・安東能明さんは、私のPCの師匠、草もち姫様の高校時代のご友人とのこと。
草もち姫様には、このブログ開設にあたって、大変お世話になりました。
また、いつも気にしてくださり助けていただき、本当にありがとうございます!!
写真は駅の近くで見つけた菊の寄せ植えの花壇。
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