『モーアシビ』第17号を読む。
総合文芸誌的な意気込みと充実した内容で毎号たいへん楽しみにしている『モーアシビ』17号を読んだ。…と言っても、これは五月の連休の初めの頃のことで。。。すみません。もたもたしてしまって。。。。なんとか記事をアップできそうな状況になりました。
(鈍行列車さん!!アップできましたぁ♪)
4月に入ってから精神的に少々乗り越えねばならないアクシデントがあった。5月に入り、何よりも楽しみなゴールデンウィークだというのに、うまく眠れなくなってしまい(こんなことって・・・あるんだねぇ・・・)そこに届いたのが、『モーアシビ』第17号。普通なら昼頃まで眠り込んでいるというのに、その日は早朝になって眠るのを諦めて新聞受けを見に行ったところから衝撃的な出会いがあった。
『モーアシビ』は詩、散文、翻訳と内容がとても充実していて、他ではあまりお目にかかれないノン・フィクションものが読めるので毎回楽しみにしている。
詩では、北爪満喜さん、辻和人さん、ブリングルさん、五十嵐倫子さん、泥Cさん、白鳥信也さん、散文では呉生さとこさん、平井金司さん、浅井拓也さん、川上亜紀さん、大橋弘さん、翻訳では内山昭一さんがヴラジーミル・テンドリャーコフ「月食」を手がけている。いつもこれらの執筆者に福田潤子さんの電磁波により体調を崩された体験談があり、ミステリー小説でも読むかのように毎回はらはらどきどきしながら読ませていただいている。今回はお休みということで少々残念だったが、毎回力作揃いだ。
今号は、呉生さとこさんの散文「ロドリーゴ、光の桃」が圧巻だった。
呉生さとこさんは癌の手術後の抗がん剤治療について迷っていたときに受けたヒブノセラピー(前世療法)の体験について書いている。
信頼できる医師でもあるセラピストとのやり取りが、臨場感あふれる筆致で克明に書かれていて、始めから釘付けになったように一気に読んでしまった。
何よりも、現在の自分が何故今ここにいて生きているのか、何を求めているのか・・・日頃気付くことのできない深く傷ついている自己の深層心理に迫ることができたら、今後の生の有り様のプラスイメージの糧にできたら、どういう切り込みから迫ろうと、素晴らしいことではないか、という思いにさせられた。
もちろん、これは、呉生さとこさんの場合についてのことである。
呉生さんは書いている。「わが人生のなかでもっともお金に糸目をつけない日々かもしれないがけっして壺や印鑑や墓石には行かないと思う」。
また、「必ず治る。治ってその後の生を存分に味わうために病気を体験したのだ」とも。この言葉は私を大いに勇気づけ涙が溢れてきた。
世界はまだまだ未知に溢れている。
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