2008年7月13日 (日)

一日中眠っていた。

Myphoto_2332 コデマリ。

もう季節が過ぎて しまったけれど、大好きな花のひとつです。

今朝は朝起きたとたんに体中が筋肉痛のように痛かった。

それもそのはず、この2週間、肉体労働中心の生活だったせいか、ふとももやふくらはぐがぱんぱんにはり、筋肉痛が、いっきにやってきたのかな?という感じである。足の関節も痛い。特に、患っている腰を重い荷物の運搬に酷使してしまったので、これも当然といえば当然の流れである。

遅く起きて、だらだら朝食をすませて、すぐにまたソファに寝転んで音楽を聞いているうちに、寝込んでしまった。結局夕方まで寝たままだった。夢の中では近所に住んでいるらしい(あくまでも夢の中のことです)歌手の綺麗な歌声が聞こえてきた。

普後均さんから写真のワークショップのお知らせを受け、何とか計画をやりくりしていたので、、行けずに相当残念だった。ふと目覚めて、そんなことを考えては、また眠ってしまった。

夢の中にはときどき歌手の美声が聞こえる。隣家ではパーティでお庭に、いろいろな人が集まっているらしい。楽しげな笑い声も聞こえる。(あくまでも夢のなかのことです)それを遠くに聞きながら、私は、我が家とは遠い世界の人たちだわ、とぼんやり思いながら、なぜか、そのうちにやらねばと思っている床磨きをしていた。

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といわけのわからないところで目た醒めた、

残念。いろいろ書きたいのに、眠気が波のようにやってきて、今日は、この辺で失礼いします。誤字脱字お許しくださいませ。

明日は、早めに起きて、気に成ってる箇所を掃除・整頓したい。

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2008年7月12日 (土)

野村尚志さんの季刊『凛』を読んだ。

Myphoto_2446 鳥と魚の不思議な組み合わせ。おおっ、カメラ目線の鯉が!?

野村尚志さんの詩を読むたびに、ぐっとくる。深くて痛い孤独や人の存在に対する問いのようなものを想起させてくれる。

『凛」14号転居では、「背中」という詩がよかった。野村さんは職業や肩書きで人を区別したりしない人だというのはずっと前から知っていたけど、他者への優しい眼差しと自己の存在への問いが、そこにはあった。

今号の『凛』15号梅雨明けでは、「打ち捨てられた雨傘」「まだ開かれていない雨傘」の2編が掲載されている。雨傘、しかもビニールの傘にさえ愛情を込めて書いている優しい詩人だ。

「打ち捨てられた雨傘」が2度捨てられる、と書かれていて繊細な感覚が痛々しくも思えた。

「打ち捨てられた雨傘」(タイトル)      野村尚志

梅雨時になると雨がよく降るので

打ち捨てられた雨傘を見ることも多くなる

このところ二本見た

一本は紺色の半開きになったもの

もう一本は透明のビニール傘で

骨が折れ骨が露わになって

道の真ん中で逆さになって開いていた

                       (一行空く)

骨が折れ骨が露わになったものの方に

より私は惹きつけられたが

打ち捨てられた雨傘は

一体の彫刻のようである

誰が捨てたのか

急に雨が止んでいらなかくなったか

おそらく捨てられたのは夜のことではないかと思う

そして昼間の街に現れたのだ

                       (一行空く)

用なきものとなった雨傘を

私は見て過ぎるだけだが

心ある人は片付けることをし

用なきものは用なきものの姿すら消し去って

正式に捨てられるのだろう

それは二度捨てられることでもある。

捨てられたビニール傘を一体の彫刻のような存在として感じている。しかし心ある人が後片付けをすることによって、それは「正式に捨てられ」「二度捨てられる」。含蓄のある行だ。

ここには詩人と世の人(心あると言われている人、あるいはそのような行動をする人)とのギャップがあり、価値の転倒がある。そこに、詩人の生きていく哀切感や物として(あるいは詩人自身)の存在について考える詩人の哀しみや疑問があるようにも感じるのである。

             

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2008年6月29日 (日)

鳥たち。

Myphoto_2474no2 小鳥を見ると掌で包んで触りたいなぁと思う。あの、ふっくらとしたお腹のあたりの小さなぬくもりがいとおしい。

インコを飼っている人は「人間みたいに頭がいいのよ」と言う。

うん。わかる、わかる。とかく人間以外のものは、頭が悪いと思われがちだけど、あなどれない。

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2008年6月26日 (木)

おとな。

Myphoto_2477 梅雨の合間を縫ってお外でくつろぐ。

はじめははらはらしたミュウちゃんの外遊びだったが、外の風にあたったりオリズルランの葉をおめあてに数メートル歩くぐらいで、家の中から何か気になる音がすると、ささーっと走って戻てくるので、私も次第に容認するようになってしまいました。

オリズルランのある場所までのミュウちゃんの歩き方は妙に堂々とお尻を振りながら熟女が歩いていくかのような貫禄を感じる。ふむ。家の中では気がつかなかったけど、ミュウちゃん、いつのまにか、おとなになっていたんだね。

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2008年6月25日 (水)

桜桃忌を過ぎて。

Myphoto_2481 四国の詩人栗原洋一さんから送っていただいたポピーがやっと花を咲かせました。

ずっと気を揉んでいたのですが、たくさん芽が出てきて、一足遅く花を楽しませてくれそうです。他に董の種も採取してくださり、そちらは、何となく芽ではないかしら…という緑の小さな葉が出てきています。

種まきが少し遅れてしまって、ほんとに気を揉んでいたのです。左は開花一号のポピーです。栗原さん、ありがとうございます。大切に育てますね。

電車通勤の合間に文庫本の太宰治を読み返している。『斜陽』は経験値の少ない田舎の中学生にとっては、上流階級に生きる人々の雰囲気が理解できずに、当時は読むのを途中で辞めてしまい、確か大学生あたりでもう一度手にしたのだが、やはり理解できず(笑)にいた。時を経て読むと、伊豆の貸家に住む母と娘の想念ややりとりの様子がとても美しい描写で書かれていて、胸が洗われるようだった。庭に現れる蛇について描かれているところなど、ひたすら素敵だった。

桜桃忌に墓前に集まる人々の様子をテレビで見て、一度は静かな時期に訪ねてみたいという気持ちになった。

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2008年6月10日 (火)

せっせ、せっせ。

Myphoto_2345 早い梅雨入り。かと思えば、初夏のような天気。気圧の変化のせいか、体が重い。朝の通勤時、乗り換え駅のホームで、リポDを自販機で買い、ウップス、と一気飲みしているのは、ワタクシです(笑)。

だいぶ前に写したサラサドウダンの花。蟻がせっせと働いていた。

どちらかというと、キリギリス系の私ですが、ここのところ、土日あまり関係ない勤務状態の上、日々、遅い帰宅にもめげずに、砂子屋書房より夏ごろ上梓する詩集作りに励んでいます。ゲラを見て初めて気がつくこともあり、この段階で、言葉を更に客観視することにより、自身の奥深くにある深層心理にはっとさせられます。また、著者一人の労作ではなく、様々な方々に支えられて、一冊の詩集が出来上がると思うと、心の底から感謝の思いが込み上げてきます。

表紙カバーの絵は画家の矢野静明さんが素晴らしい絵を提供してくださいました。

滞ってしまっているブログを毎日チェックしてくださる方々、ありがとうございます。

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2008年5月28日 (水)

初夏です。

Myphoto_2318_2 たんぽぽの綿毛は、今どこを飛んでいるのだろう…。

またまた、お久しぶりです。

引き籠っています。第3詩集の準備をしています。砂子屋書房さんより、8月頃に上梓できそうです。今まで以上に、自問自答を繰り返しています。

明日、天気がよかったら、カメラを持っていきたいな。

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2008年5月11日 (日)

おひさしぶりです。

Myphoto_2303 満開のハナミズキを写したのは2週間前。

お久しぶりです。

ちょっと引き籠っていました。

この1ヶ月で、いちばん心に残った思い出は、神奈川県座間市に在住の画家の矢野静明のアトリエで村野美優さんが朗読会を開いたことです。

初夏のように気持ちのよい日でした。村野さんの朗読は、ほんとうに上手です。フランス語の詩を原文で読まれたのは、また別の詩の世界が開かれたような気がしました。そこに、詩に造詣の深い矢野静明さんが、いろいろと村野さんにコメントを入れたり質問をしたりする会話が入り、勉強になるお話も聞けて、満足でした。アトリエ、ということで、矢野さんの近作も観る事ができました。

詩と朗読の接点のひとつには、リズムが大きく関係していると思いました。

それからN・Yの友人が一時帰国で家に寄りました。明日も来るんですけど、家の中がすごい状況なんだけど、なんだか、自分でも、いいや、と見栄もなにもなくなってきてしまいました。

5月の連休は、完全に家に閉じこもってました。最後の日にベランダに出て、日を浴びたのが、少し気持ちよかったかな。閉じこもっていても、なかなかいい連休となりました。

猫のミュウちゃんは、なんとなく態度がでかくなり、ときどき、ソファで毛布を被ってねていると、私のお腹の上でくつろぎはじめます。昨日、今日は、寒かったので、ミュウちゃんの体温の温かさに助けられました。でも、突如として気が変わり、いずこかへでかけてしまうのが、ちょっと、猫らしく、かわいらしくもむかつくところです。

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2008年4月14日 (月)

ぶつぶつ。

Myphoto_2258 キバナカタクリ。

仕事場にいると、近くに座っている人がびくっとする。何のことはない、わたしの独り言のせいだ。

独り言を仕事場にいる間中言っていることに気付き、唖然とする。

家でも言っているのかと思いきや、家では沈黙を保つことができる。

年齢のせいか、仕事の手順を整理しようとして、つい言葉に出してぶつぶつ言ってしまうらしい。精神の均衡を保とうとしている面もある。

席が近くなった人も、そのうち慣れて、本当に話しかけても、反応しなくなる。だいたいいつもそういうことになる。だから、話しかけるときは、はっきりと「~さん。」と名前を呼んでからじゃないと振り向いてもらえない。

自宅では、独り言は言わないものの、寝言と歯軋りが激しい。らしい。自分の声ではっと目覚める。犬歯が削れて変形してしまっている。マウスピースを装着して寝るのだが、噛み切ってしまう。歯医者に行く時間もなく、放っておいたら、凄いことになっていて危機感をおぼえる。いつか犬歯が消滅してしまいそう。。。。っ。。。。

いろいろな方から詩集や同人誌を送っていただき、とても光栄に思っています。ありがとうございます。ブログで書く以上は、出来る限り、誠実に書かねば…と思うのです。ここのところ、とにかく時間がなくて、詩についてじっくり考えられずに、申し訳ない気持ちでいっぱいです。もう少し、お時間をくださいませ。

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2008年4月 7日 (月)

新芽を見ると前向きになる。

Myphoto_2260 ハナミズキの蕾を見つけた。

通勤時、朝の新鮮な空気を吸いながら、鶯の鳴き声を聞く。胸の奥のつかえを、洗い流してくれるような美しい声を聞き、ふぅっと体が楽になる。

新しい光を浴びて、春の花が咲いていたり、新芽が土から顔を出していたりする姿を見かけると、どこからともなく、やる気が出てくる。

年齢を重ねるたびに春が好きになる。

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«あったかくなりました。